きみとコスモ

STORY

第7話推し活は心のビタミン剤

2023.01.10 SEASON 1

Chapter:宗谷(そうや)炉輝(ろき)

 場内はワーワーとうるさくなっていた。ゲーム大会か何かで盛り上がっている爆音と歓声。漫画家と客が騒ぐ黄色い声。
 俺は、来客がまばらになった葉胡(はこ)のブースに居座り続けている。
 パイプ椅子に腰掛けて堂々と、買いに来る客のヨドンヨルス寄生確率を調べていると、一際目立つ3名様がやってきた。

「よ! 仲間が増えてんな!」
「ええ。今日の私は闇落ち王子です。初恋の人と悪役令嬢を率いています」

 俺と同じくパイプ椅子に座ってスマートフォンをいじっていた葉胡が立ち上がった。

風圧がきた。

「ぎゃーーーーーーーっ!? 何、えっ? やばーーーーいっ!」
「おお……そんなでかい声も出んのか」

 間近の歓声ほど頭がチカチカするものはない。ていうか今更どうした……と思ったが、そうか。俺は先にルロンたちを見ていたけど、葉胡は知らなかったのか。漫画のキャラクターの格好をしている人がいたこと。

「何っ!? 待って待ってやばいっ! すごいっ! クオリティ高いっ、えっ、一緒に写真撮ってください! ここが公式ですか!?」

 机の内側から出た葉胡は、3人に飛び寄る。両手を口元に当てて、高速で首を動かしてそれぞれを凝視していた。
 しかしまあ、女の子3人ともヨドンヨルスに寄生されていて、やるせねえなと思うのである。こんなに楽しそうなのに、粒子のせいで不安が生まれてしまう。
 もしもヨドンヨルスの寄生が進行すれば、3人とも趣味を楽しめなくなるときが来るのかもしれない。

 ひとしきり写真を撮ったあと、葉胡のファンだという女の子がやっと、ゆっくり話しはじめる。本の在庫も少なくなっていて、ほかの客はもういなかった。

「私は葉胡さんのファンで……こう言っては失礼かもしれませんが、漫画を拝見するまで原曲を知りませんでした。私は葉胡さんの世界観が好きで、コスプレまでしてしまって

いるので……おこがましいですが」
「えっ」
「すっごく、楽しいです。学校とかバイトで嫌なことがあっても、葉胡さんの漫画を読むと異次元に飛べます! いつもありがとうございます!」

 ルロンと衣緒(いお)が連れてきた新顔の女性も、ブースに来た人に声をかけられて写真を撮っている。彼女は悪役令嬢に扮しているらしく、傲慢で、高飛車な表情を浮かべて、客を楽しませていた。

 ルロンが俺をどかしてパイプ椅子を陣取った。おい。

「疲れた。女の子の喧嘩の仲裁は向いてないや」
「そうか? 向いてそうだけどな」
「で、炉輝はどう。生活情報手に入れた? オレはちゃんと営業したよ」
「あ。まだだわ。でも取引は成立してる」

 イベントの終わりが漂っていた。すこしずつ人が減る中、冴深(さみ)と少女も俺たちのもとに合流する。
 2人は、早口で興奮しながらゲームやなんやについて喋り倒していたし、手にはいくつかの紙袋があった。

「炉輝氏おつおつ! いやーやっぱりオフイベは楽しいですな。年1、いや年2くらいなら全然出向きますわ」
「なんか知らんが楽しかったならよかったな」
「おっ、姉氏! 悪役令嬢だったのですな! 今度はぜひ大手ファンタジーのヒロインなども見てみたいですぞ。お似合いかと!」

 声をかけられた”姉氏”は、くすくす笑って衣緒とこしょこしょ話している。次第に「バイト先のみんなにも見てもらいたい」「棲み分けは大切」「ひよんな」「田中!」などと喧嘩をはじめたので、ルロンが割って入っていた。

 少女と姉は満足そうに帰って行った。衣緒も着替えのスペースに向かうため、ルロンと話してから去っていく。ルロンはいつまで王子のままなのか。時折鏡を見ては、顔をつくって楽しそうにしていた。まんざらでもねえんじゃん。

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